2024年5月、東京都墨田区で開院した「かりん在宅クリニック」。墨田区・台東区・荒川区の全域と、江東区・葛飾区・江戸川区・足立区の一部エリアを対象に、訪問診療を通して患者様が「自分らしく生きる」ためのサポートをしています。
患者様やそのご家族にどのような支援をしているのか、田中亮嗣院長にお話を伺いました。
――以前は病院で勤務されていて、在宅クリニックを見学したことがきっかけで訪問診療に興味を持たれたそうですが、訪問診療に対する印象は見学の前後で変わりましたか?
印象は大きく変わりました。見学前は「訪問診療ではきっと簡単な医療しかしないんだろう」と思っていましたが、実際は病院が提供する医療とあまり変わりませんでした。
酸素を吸入している方、24時間点滴している方、一般病床でもしていないような医療用の麻薬を点滴している方などがいて、医療レベルがとても高かったんです。
それから、大きく印象が変わったのは、医療に対しての捉え方です。言葉ではよく「病気ではなく人を見る」と言いますが、この言葉の本当の意味がわかったように思います。
病院で勤務していたときは、「医療はあくまでも病気を治すためのもの」という認識でしたが、訪問診療では、患者様やご家族の考えや思い、今後の生活をどうしていきたいかなどをお伺いした上で、さまざまな選択肢をお出しします。これは病院との大きな違いだと感じました。
――それから、2024年5月にかりん在宅クリニックを開業されたのですね。どのようなクリニックにしたいと考えましたか?
見学したクリニックでは、その後2年間働かせていただきました。そこは、患者様と目線を合わせ、思いをよく聞き、寄り添いながら治療方針を決めていく診療スタイルでした。
この根本部分は絶対に変えるべきじゃないと思い、かりん在宅クリニックでも、その診療スタイルを継続していくことにしました。
――病院ではなく在宅診療を選ぶことで、患者様にはどのようなメリットがありますか?
最大のメリットは、住み慣れた場所で好きなように暮らせることです。訪問診療の患者様には、治療しながらお酒やタバコを続けている方もいます。もちろん推奨はしませんが、病院じゃありえないですよね。
訪問診療の患者様は、その多くが人生の最終段階に入っている方たちです。昨年5月にかりん在宅クリニックを開業してから200名以上の患者様を診てきましたが、そのうち99名をお看取りしました(2025年7月現在)。
訪問診療では、人生の最終段階を含めて、その方の人生を見ています。患者様が自分らしく好きなように生きられる、医師にそのための手伝いをしてもらえる、というのが在宅診療の最大のメリットではないでしょうか。
――患者様の変化を目の当たりにし、辛い思いを抱えているご家族も多いと思います。日々の介護で疲弊している方もいらっしゃると思うのですが、ご家族へのサポートは何かされているのでしょうか?
ご家族へのサポートはとても大事です。ご家族が疲弊して心や体を壊してしまうと、結果的に患者様は家にいられなくなり、「最期まで家で過ごさせたい」というご家族の願いを叶えられません。実は、「家で過ごさせたい」と思っているご家族ほど、がんばりすぎて疲弊してしまう傾向があります。
いちばん大切なのは、患者様の思いを聞くのと同様に、ご家族の思いにも耳を傾けることです。身体的な疲労なら介護保険サービスを受けて負担を減らせますが、それでは孤独感や精神的な負担は取り除けません。
「もっと長生きしてほしい」「本当はこんなふうに過ごしてほしい」と願ってもなかなか思い通りにいかず、理想と現実のギャップに苦しむご家族をこれまでたくさん見てきました。
患者様が最期の段階に入っていくなかで、ご家族にはその現実を受け入れていただく必要があるのですが、どれだけサポートしても、どんな言葉を語りかけても、信頼関係がないとなかなか受け入れていただけません。
ご家族からいろんなお話を伺い、こちらの思いも聞いていただくことを繰り返し、信頼関係ができてくると、徐々に事実を受け入れていただけるようになります。
その段階になると、ご家族は「じゃあ、最期に自分は何をしてあげられるのか」と考えられるようになり、「最期までやってあげられた」と納得したかたちで終わることができるのです。
「何かあれば信頼する先生に頼れる」と思っていただき、少しでもご家族の心の負担を減らせればと思っています。
<かりん在宅クリニック入り口>
――一人暮らしをされている高齢者は特に不安を感じていると思うのですが、何か特別なサポートはあるのでしょうか?
自分のことをしっかり管理できる方なら、特別なサポートはほぼ必要ありません。ですが、「今ここが痛い」「今熱が出ている」などがわからなかったり、一人では服薬できなかったりする方にはサポートが必要になります。
例えば、頓服は症状が出たときのみ服用する薬ですが、「今ここが痛い」などがわからない方なら、量を調整して朝昼晩のお薬に入れておきます。飲み忘れや飲み間違いのリスクがあれば、一包化(1回に服用する複数の薬をひとまとめに包装しておくこと)したり、1日1~2回の服用に減らしたりすることもあります。
服薬にサポートが必要なら、サービスを調整して、ヘルパーや看護師に入っていただきます。
一人暮らしの方へのサポートは、たいていケアマネジャー、ヘルパー、看護師など、複数の職種で行っていますが、情報はすべてチャットツールで共有しているので、常に様子を把握できていますね。
「一人暮らしをしながら家で最期を迎えたい」も無理なことではないので、ご相談いただければと思います。
――訪問診療をやって嬉しかったことを教えていただけますか?
たくさんありますが、お看取りの直前に「先生に見てもらえてよかった」「先生に出会えてよかった」と、伝えられたときは嬉しかったですね。
「出会えてよかった」という言葉は、医師と患者様・ご家族という関係性を超えて、人と人とのつながりですよね。「いいことをやってあげられたんじゃないかな」と、思える瞬間です。
――今後の夢や展望を教えてください。
かりん在宅クリニックが診療できるエリアは、墨田区・台東区・荒川区の全域と、足立区・葛飾区・江戸川区・江東区の一部区域です。これらの地域には、終末期の患者様を診られるクリニックがそれほど多くありません。しかし、今後も高齢者は増えますし、お亡くなりなる方が多いのも事実です。
まずは、「最期まで家にいたい」という方たちが、安心して希望を叶えられるような地域にしたいですね。
かりん在宅クリニックを成長させて、もっとたくさんの患者様を診たいと思っていますが、やはり限界があります。
私たちの理念は『患者さんの「自分らしく生きる」を支えたい』です。この理念で一生懸命やっていたら、共感いただける病院や介護事業所が増えていくと思っています。患者様を最期まで丁寧に診るクリニックが地域にもっと増えるといいですね。
そして、将来的には全国のいろんな地域の患者様が、安心・安全に家で最期まで過ごせるように、その一助になりたいと思っています。
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